Muranaka Diary2000-2017

父へ  (8月の終わりに)

父へ  (8月の終わりに)_img

父が倒れて1週間になる。まったく予測してなかったことなので混乱している。
それは整形外科で腰の手術中に事故はおきてしまった。母の混乱した悲鳴に近い声が
ぼくの携帯電話に今も収まっている。救急車の中からどこか受入れ病院を探しに搬送されている
時だったらしい。救急車の中では心臓マッサージをしてたというが原因は今も分からないと整形の執刀医は言う。
ただ「突然に血圧が30に下がった」と一言。

兄弟、家族、親戚が全員に集まった。ぼくは最後のお客さまをスタッフに任せ病院へ
走った。しかし面会も出来ず一体、何があったのか頭の中が真っ白であった。知りたい
情報も説明もない・・・・家族としてみればこんな馬鹿な話もないだろう。ただ、「原因不明」、
「5パーセントの命」としか聞いてない。もっと詳しい容体など教えてくれても良い気がする。
今も危険な状況を脱してはいない・・・ 
なぜ、整形からこんな集中治療室にいるんだろう?だからと言って病院や医師を責めたりはしたく
ない。母も同じ気持ちだ。ただ親父が元に戻ればいい、それだけだ。家族を失う経験のないぼくは
戸惑うばかりだ。28日に腹膜炎の疑いがあると聞いた、すぐに手術の準備をするからと説明を
受けた。結果、腸に血液が廻らず壊死してたので切除したらしい。

初めて15分の面会をした時、思わず涙が溢れて止まらない・・・・。 しっかり手を握り、生まれて
初めて父の頭と顔をなでてあげた。体中は輸血や注射で管だらけだった。今でもそうだが「夢なら覚めろ!」と
自分に言い聞かせている。昨日まで元気で頑固な父だったのに悲劇は予期しなくやって来るものだ。
患者がこんなリスクを背負う手術はある筈がないだろう!?今より良くなるから受けるのが整形外科の手術だと思う。。。
でも希望を捨てたわけじゃあない!
生命力の強い父だからきっと目覚めてくれると思う。5%の余命でもいいから集中治療室のみなさんを信じていたい!

母は1週間も経つ今でも厚い扉の前で、一般外来の人達に混じり背中をまるめ、面会できる時間まで待っている・・・・・。
ぼくが仕事を終えて病院に行くと、まるで”忠犬ハチ公”のように主を待つかのような姿になっている。
「顔色が悪いから帰ろう」と言っても朝まで待つという。 夫婦愛ってこんな時に見えるものなのか?
そんな母が気の毒だし犠牲になりそうで
「親父はそれは望んでない!」と言い聞かせても今は無理のようだ。 

親父!どうか真実を答えてくれ・・・・・・

(続)