第七章 【ひと・人】
意味のない綱引きを2年間ほど続けた。その結果はぼくの勤務していた中央店のお客様が減少していきセレクションだけにお客様が集中したり、かなりの不安を生じていた。
ぼくは中央に戻り、藤田と入れ替わりを行った。中の島店に出村を戻し、学校授業があるので留守になる時は中央店と掛け持ちをしてもらった。バランスとしては良いが
一番迷惑がかかるのはお客様だ。
しかしお客様からは「セレクションのほうが行くのに便利だ」という声もあった。
クーポンマガジンを見て来られるお客様はバランスよく来て下さっていた。
そんな年月が流れていったある日、
中の島店時代から育ってくれた一期生の出村は東京の知人の店で修業することになる。
出村には大きく成長してもらいたかったし、知人も出村の才能は認めていた。
この人の美容人生を大きく変えていくには今がチャンスだと思った。
出村の人生を考えると自分も背中を押して「行って来い!」と言わざるを得ないことだった。
島本は自己目標を達成したので再びロンドンのサスーンに勉強に出た。
これがほぼ同時期だったので、心良く後押ししてもさらにダメージは大きかった。
ぼくは孤独感を感じた。
そんなときフト横をみると、藤田がいた。
藤田は中央店の第一期生。しっかりとした片腕がいるではないか!
しかし相変わらず人手不足、アシスタントは入っては辞め、入っては辞め・・・
長続きをしないことに悩んでいた。これには必ずパターンがあることに気がついた。
最初の1日、3日、3か月目、6ヶ月目、9ヵ月目、1年目・・・なんと3ヶ月ごとに
ハードルを作っているようだ。 拘束時間の長い美容室、自由な時間が欲しいのだろう。
技術教育で上手さのある人材は業界を辞めていくのが早く、
不器用な人ほど時間がかかっても着実に成長をしていくものだ。
「しかし何故おれはこんなに苦労しながらやらなきゃならないのだ!?」
悶々として考えていた。
そんなときに美容師になることを反対していた父の言葉がよぎる。
「汗水、流して働け・・・」
痛いほど心に響く言葉だ。
ところで、中央店の入っているビルは4階がRIBBONSでその上の階の全部が美容室。競争が激しく思われがちだが
そんな事はない。それは、しっかりとしたサロンポリシーがありお客様の層もコンセプトも違うのでライバル店どころか
逆に相乗効果が生まれている場所である。
だからどの店も退去しない。つまり成功しているのだ。しかもみんな親切で挨拶も行う仲である。
そこで考えなければならないことだが、お客様は何故RIBBONSのある4階のエレベータボタンを押してくれるのか?
それは目的と期待があるからだ。その期待にぼくや、スタッフが応えているか?
生き残りをかけるなら問題はソコである。
「企業は人なり」と聞くがこれからの時代、人材を教育するにはお互い相当な努力と資質が求められる。
育てる事も育つ側も時代の背景や、環境が整備されていないので簡単なことではない。
主力技術者を欠いても何とか他のスタッフと頑張っていた頃、一人の美容師が訪ねてきた。
それは久保との出会いだった。
2年間のブランクはあるが美容師に復帰したいとのことで「サスーンのカット技術を教えてほしい・・」と。
ギョロっとした素直、正直そうな上久保の目を見てぼくはそれを快く承諾した。
久保に高度な技術力が見えていたからである。
聞くと過去に何度もコンテストでは優勝しているという。前職勤務していた美容室はコンテストでは強豪店。
しかし、残念なことに本人は自分が何故、上手いのかに気づいていない・・
人という荒波の中で迷子になっていたようだ。ぼくにはそれが見抜けていた。
久保はとても几帳面、ゴミや毛屑などひとつも落とさない。カットの勉強の場はとても綺麗だ。
美容師とは技術が上手いだけではなく、人間性も重要視されるものだ。
「こんな人がスタッフだといいなぁ・・・」と思っていた。
実は久保を育ててみたかった。
「半年間でカットを覚え、その間はRIBBONSでアルバイトをしながら勉強してみないか?」
こんな提案を久保にしたところ
本人から「やってみたい!」と即座に答えがはね返ってきた。
新しい年を迎えた頃である。
(続)
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